【井熊コラム#14】世の中の大きな流れ

· 井熊コラム

フランスの歴史学者、人類学者であるエマニュエル・トッド氏の「西洋の敗北」という刺激的な題名の本を読みました。同氏はソ連の崩壊、イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ政権の誕生などを予言したと言われます。「西洋の敗北」は400ページを超える大作ですが、様々な切り口で欧米中心だった世界秩序が崩壊しつつあることを示唆しています。ロシアによるウクライナ侵略にも多くのページを割いていますが、両国の争いがロシア有利の形で幕を下ろすであろうことの説明もあります。同氏がこの本を執筆したのは2023年とされているので、現在進められている争いの帰結の形が2年前に見えていたことになります。

世界で起こった歴史的な出来事を予言するトッド氏ですが、政治や経済のデータを駆使した分析を行っている訳でありません。使っているのは、宗教、家族構成、人種といった人類の基本的な情報です。

こうした情報を分析することによって世界の重要な出来事を予測できるのだとしたら、世の中には変えようのない大きな流れがあるのではないか、あるいは、我々が日々気にしているのは大きなうねりの上の漣のような出来事ではないか、と思ってしまいます。

一方で、逆の見方をすると、一つの気づきを与えてくれます。我々が将来のことを考えたり、大事な計画を立てたりする時、世の中の大きな流れのことを理解しようとしているか、ということです。さらに言えば、先端技術や経済情勢などの情報に振り回され、世の中や人生にとって大事なことを見落としているのではないか、ということです。

若い時、欧米の文豪の書いた大作を何冊も読みました。世界的な文豪が描く物語の底流には大地のようなうねりを感じました。それに比べると、私が日々目にしている情報の殆どは、周波数が二桁も三桁も小さな波に過ぎません。政治や経済のレベルでも同じようなことが言えるのでしょう。

個人のレベルでも、社会のレベルでも、閉塞感を感じた時には、時代をまたぐ大きな流れに目を向けるといいのかもしれません。